今からブログを始めてみよう。
今さらそんなことを思う人がいるのでしょうか?
空気感は相当に変わって、2025年末の現在において「ブログ、無いわ~」という情勢が一気に強くなった感があります。
生成AIに聞けばよくない? そんな風潮…
読むのダルイよ、動画でよくない? そんな風潮…

ギリギリでアリの雰囲気が残っていた2024年の12月23日が当ブログの一発目でした。
ですので、本記事は周年企画となります。
ハーイ、コンバット(クリムゾン)越後です、まずは1年続いたことをオメデトウですね。
記事数は60に満たない
最初の3ヵ月で30記事を作りました。
そこからペースは鈍化しました。
現時点で60記事に惜しくも満たない感じ。
途中からペースダウンしたことは疑いの余地がありません。
PVが伸びないので、余暇時間の使い方をブログ作成以外に向けるようになったのが大きいですね。
収益はもちろん0です。
せっかく大勢の人が来ているのに、広告や物販をしないのはもったいないナイヨ…、という理論は理解できますし、そうしたいです。
ですが、あまり人が来ないのが実情なので、収益化につながりもしない広告などはまだ出していないというのが現状です。
月に2記事がノルマ
まだ店をたたむ気にはならないので、ブログは続けます。
7月から、生成AIとかプログラミングの学習・実践などの方向に時間を使うようになりました。
だから、そんなにはブログの作成に注力していません。
この細々と続ける…、となった時点でのペースが重要だと思います。
更新頻度ですね。

多分、記事―記事間のインターバルは最長で25日間くらいです。
月に2記事をノルマとしたら、月末付近になって月の2記事目を慌てて作るのですね。
そのリズムだと、まあ最大でも25日間くらいの空白で済みます。
何が言いたいかというと、間隔をあけすぎると危険だという事です。
私の体感ですが、人間というものは40日間ほど「脱○○」をすると、そこへの興味が非常に薄れてしまいます。
非常に興味が薄れた…そこから先は、極めて自然なフェイドアウトです。
ソレについて以前ほどは意識しなくなって、そこから先は脳内のポジションが順調に下がっていき最終的には無に近い存在にまで成り下がります。
それをしないための、月に2記事というノルマです。
マルチメディアの一部と考えろ
X や インスタグラム、
YouTube や Note…
今、勢いがあるとされている副業オススメ案件はプラットフォーム活用型です。
特定の企業が運用している枠の中で、頭角を現すことを目指すのです。
逆に WordPress などのブログは、広大なインターネットのオープンワールド上に独自ドメインで拠点を作る方法です。
一見、良さそうなのですが、企業と同じ土俵・同じルールで戦うという…群雄割拠の戦国時代であり、壮絶なしのぎ合いがバチバチしている厳しい世界です。
ブログだけやります、というのはキツイですね。
何がキツイのか? それは、世間への訴求力みたいな話で。
既に何か持っている人はそれでいいと思います。
何か持っている…というのは、世間からアクセスを一定数集められる媒体を確保しているという意味においてです。
何か…というのは、ブログでもSNSでもYouTubeでもいいのですが、一つでも集客能力のある媒体を持っていれば、そこから伸ばしていくことができるでしょう。
何も持っていなくて、これから始めようっていう場合…、色々複合的にやって補完していくのが、最も効率的なのだと思います。
これは単純に入口を増やすという意味に限りません。
何というか、例えば Google に存在を認知してもらうために必要なマルチメディア戦略なんですね。
X で活動している Mr.〇○がお送りする□□ブログ…
こういう見立てを Google はします。
ブログ単体でしかネット上に進出していなくても、その単体にメジャー感が少なからずあるのなら話は別でしょう。
ですがマイナーすぎて、辺境の謎の惑星□□…という扱いにすぎないのであれば、
X において▲▲分野での発言が活発なMr.〇○が統治する辺境の惑星□□…
こういう修飾をしてもうしかありません。
何かよくわからないけどこういう人が運営しているみたいですね、みたいな手がかりを与える必要があるのです。
ああ、この感じはアレだなあ…。
まだ駆け出しで何の実績もないベンチャー企業が無理やり書く感じ。
主要取引先: 株式会社 ナンジャソラ・インベスターズ
ヤマト運輸株式会社
主要取引銀行: 住信SBIネット銀行
許認可: 古物商許可証番号
謎の企業と取引して、ヤマト運輸は荷物の搬入に使っただけ?
取引銀行はネット銀行だし、許認可は資格さえ取ってしまえば審査など重くない感じのやつ。
それでも…、何も書かないよりは事業に対する説得力が違うんや。
その、ブログ単体でメジャー感がある場合って、おそらくはそれなりに被リンクがあると思うんですね。
被リンクがある=外部とのつながりがある
そういう証明になります。
外部とのつながりが無い(or 弱い)ことを理由に極端な低評価を付けるのが現代の Googleアルゴリズムだと思うのです。
だからこそ、マルチメディア戦略を取らざるを得ない。
と、いうのが現実なのです。
ちなみに、放っておいても被リンクが増えるかというと、まったく増えません。
それで、マルチメディア展開したのかって?
もちろん、まだやっていませんよ。
来年、来年…。
記事への興味、無くは…ない?
Google アナリティクスでブログ閲覧の統計情報を見ることもあります。
下記の記事で詳しいのですが、Osaka だの Fukuoka だの Yokohama だのっていうユーザーを示す地域情報は正しくはないです。
ただ、私自身が観た場合の地域情報パターンは【 家庭用回線とモバイル回線の両方で 】把握しましたので、「このデータは絶対に第3者やな」っていうのはわかります。
それで、どうせなら長時間滞在してくれた方がありがたいです。
刺さる人には刺さっているなあ…と自己満できるからです。

3分オーバーだと、コンテンツとして消化してくれていると思います。
10分、20分以上だと熱心に読み込んでいると考えられます。
まあ、必要性というやつはあると思います。
今すぐ〇●を解決したい、そんなときは必死に内容を読み取ろうとしますからね。
問題は、記事を見つけてくれる人の総数が圧倒的に足らないということです。
上位だけで回すシステム
例えば、飲食店で考えます。
地域で超人気のラーメン屋があるとして、いつもお客でいっぱい。
ただし、対応できる客数に限界があるから、そこからあぶれた客が他の店に妥協する可能性は大いにあります。
こういう、ユーザーが分散するメカニズムはデジタル界隈にはありませんからね。
このネット記事は1日100人で打ち止め、検索結果からも一時的に消えます。
そんなルールは無いのです、人気のあるところが圧倒的に集客し続ける。
まあTVなんかもそうなのですが。
ただ、TVの場合はチャンネル数がものすごく多いわけではないので、他が大イベントのスポーツ中継とか注目度の高いドラマとかやってる中でラーメン選手権をヒッソリとやっても、観る人は観るでしょう。
これが、チャンネル数が2万とか10万とかになったらどうするのですか?っていう話なのですね。
かなり、マニアックなところを攻めても競合が必ずいる。
本当に競合がいない場合は、マニアックすぎて(細分化しすぎて)ソレを観たいユーザーが極小ということですからね、逆にやる意味が無いです。
YouTube を連想された方もいると思いますが、いい目の付け所ですね。
アレも思うのですが、おススメなどで流れてくるのはユーザーの趣味趣向にマッチングさせたものではありますが、有名どころが強いですよね。
閲覧者数が極端に少ないものって、なかなか観る機会がない。
例えば500未満。
誰も観ない → おススメに載らない(検索でも下位) → 低回数で放置

チャンネル登録者数が多ければ、
コアなファンが再生回数 0 → 1,000 くらいは
一気に押し上げます。
そうなると、非登録系ユーザーの目にも入りやすくなる。
拡散されていく流れです
誰も観ないものはクオリティが低い傾向が強いとは思いますが、作り続けていくうちに腕が上がって面白くなるという点はありますからね。
誰も観ないと次を作る意欲がそがれるし、仮にいいものができてもソレが日の目を見ないのであれば悲しすぎますわ。
なぜ日記(雑記)形式が良いの?
理由は色々あります。
後から振り返って、こんなことしていたなあ…と思い出に浸ることができる。
完全に日記のメソッドですやん。
ただし、他人様が読んでも多少は興味を持ってくれるような内容を攻める…というのは前提としてあります。
いくらPVのためとは言っても、ろくに興味もないことばかり話題にすれば精神が持たないでしょう。
いや、その手法で収益を得られるのならアリだと思いますよ。
だけど、「カネのこと考えなかったら、こんなことやってられるか!」ってバランスなら、それはもう仕事そのものですやん。
収益が無くても存続する組織だってありますよね、非営利団体など。
非営利主義であるのなら、存続の理由は収益以外に求めることになります。

もう全然、PVとか増える気配がない。
とりあえず、PVアップは二の次。
いいネタが書けるように、己の鍛錬を積む方が先かな。
ライフスタイルの変化
日記形式(雑記形式)が素晴らしいという話の続きともなりますが、自らの体験と結びつける内容を書くことは重要です。
ブログを書くという背景を持つことによって、素の状態ではやらないようなことに手を出す。
時事ネタを解説したり、新作のガジェットを紹介し続けたり、特定のサービスに関して比較記事を書き続けたり…、そういう特化ブログ形態(ビジネスライクに寄っており、内容に幅を持たせることは悪手とされる)では得られなかった展開だと思います。
トンカツを作ってみたり…
財布をミニマム化してみたり…
タミヤの模型カーを組み立てて走らせてみたり…
サービスエリア巡りをしてみたり…
スマホの料金プランを変更してみたり…
生成AIを学んでみたり…
これなどは、リスキリングの補助金が実際に振り込みされるまでを書いています。
AI の作る記事は、言ってみればコタツ記事の王様ポジションですから…それに対抗するのであればリアル体験談を重ねるスタイルが最も有効なハズ。
考えることの枠が大きくなって、行動範囲が広がった感があります。
単純な、物理的な、距離的な、そういう意味での行動範囲ではなく、多層的、他次元的な意味での行動範囲です。
紹介したのは、一部にすぎません。
まあ、色々やったよね、と。
AI とどう向き合うのか?
1年くらい前に、いずれこういった企画をやろうと思って書いた記事があります。
書いた当時は「AI使って作れば革新的なんじゃないの? やり方がよくわからんけど」…そんな風に認識していたはずです。
いや~、でも今が2025年の終わり付近ですが、ちょうど1年経過くらいですね。
何か普通にできそうなのですよね。
かなり簡単にやれそうな気がする…、まあ近いうちに手を出しましょう。
私も今年は、莫大な回数の質問を ChatGPT にしました。
ただし、使用する目的に関しては、ほとんどがプログラムのコーディングに関すること。
あるいは、IT系サービス間の連携方法とか認証・アカウントなどについての質問。
特定の分野でしか有効に利用できていないっていうのが現実ですね。
これ、でも多分、スゴイ重要なことですよ。
おそらく実際にAIでマンガを作ってみたら、分かると思う。
絵の部分、そこに関しては大変ありがたいモノを授かると思う。
でも、筆のタッチに独自性が無いのならやる意味が無いので、キャラクターのモデリングに関しては自作の画像をアップロードすることになるでしょう。
あとはストーリーも含めた企画そのものですよね。
そこに関しては、かなりダメなんじゃないかと思いますけどね。
すごく得意なことがあって、その特性を活かしきる分野においては無類の強さを見せる。
その強みだけを組み合わせたプロモーションを見せられたら、こいつはトンでもねえ!って感じる。
でも、何かをやろうと思ったら全体を見てバランスを取ったり、全体の流れから類推される設計意図をくみ取らないといけません。
的確な指示をもらっている限り AIは有能ですが、ダメな指示を出してしまうと(あるいは大局的な判断を AIの方に委ねてしまうと)崩壊の始まりとなります。
ディレクターとして、人間の方がシッカリしなくてはいけないのです。
生成AIをディープに使ってみたら、感嘆と失望の両方がある。
誰だってそうなると思います。
生成AIの実用化は、携帯電話の普及・スマートフォンの普及・電波網の拡充・インターネットの高速化・CPUの高性能化・3Dモデリングの発展・CGの発達・データのデジタル化と共有化・金融資産のスマート化…
これらの技術発展に続くデジタル革命になるハズです。
しかし、現状は使いこなすのが難しいのですね。
相当に考えて試行錯誤の山を積み重ねないと「う~ん、何かスゴイのはわかるけど…。う~ん」で終わってしまうと思います。
やはり、多くの識者が語っている通り「部分的に利用」するのが現時点での正解だと思います。
人間が「主」で、AIが「従」。
この関係性を崩さないことが肝要です。
「AIさん、どうしたらいい? まったく何も考えられない」こういう風に思考が流れてしまえば、その先はディストピアです、あまりいいものではないと思う。
「こうしたいのだけれど、技術的障壁があってうまくいなかない。この障壁を乗り越える方法を考えて欲しい」
これならばいい…、「こうしたい」「これならばどうだ」そういった will(意志)を亡くさない限り、AI は人間にとってよき相棒になるのではないでしょうか?
右京さん? いや、そういうことなの? お正月は…
そんなこんなで、1年お疲れ様でした。乙。













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